歴史

横浜を語ってみた。

いつも川崎の話題ばかりだから

もうみんな飽きたと思って今日は、横浜の事を語らしてもらうよ。

俺は、元船員だっただけに横浜には、イヤというほど行かされたからウンザリするくらい金出してまで横浜に行きたくないというのが正直な感想だよ。

だって川崎市は、地図で見ると横は、広くないけど縦に長いだけだから憶えやすいよね。

横浜は、横も広すぎるから場所によっては、不便な場所もたくさんあるし憶えにくいよね。

それでも俺は、1年くらい前に横浜に金がかからないように冷やかしみたいな感じでぶらっと観光したんだよ。

ランドマークタワーの展望台に登って恥ずかしい話し川崎市がどの辺りなのかわかりにくかったね。川崎駅もあまりにも近すぎて逆に目立って無いから分からなかったと思うよ。

横浜駅西口のビブレに行ったけど恥ずかしい話し金が無かったから単なる冷やかしで終わったよ。

ビブレには、俺がヒイキしてる09ブランドの店があるんだ。

そこに行って商品をながめていたら俺と同い歳くらいの店員さんが俺がやたらと服からバックから全て当店のブランドを身に着けていたから店員さんは、とてもご機嫌で俺に接してくれたよ。初対面なのに同い歳だっただけに話が弾んで長時間いたよ。恥ずかしい話し経済的に余裕無いから何も買わなくてすいませんでしたと謝っておいたね

渋谷の109の店員は、しつこいし

要らないものまで無理に買わそうとして感じ悪いから渋谷の09では、絶対に買わないと決心してるから今度09ブランドを買うなら横浜のビブレで買うことにするよ。

唯一俺が横浜に1年前に行った時に写真撮影したのは、赤い靴の女の子だけだったね。その時の俺は、ブログなんかして無かったから写真撮影なんかしなかったけど赤い靴の女の子だけは、無意識のうちに撮影したよ。

この少女のモデルになったのは、佐野きみさんという名前で9歳で結核で亡くなられた方だったらしいね。

ほとんどの人は、赤い靴の女の子の歌詞にある通り異人さんに連れられていっちゃたと言っていたから本当に渡米したと思われ勝ちだけど実は、結核という病が発覚してアメリカ人夫婦は、アメリカに連れて行くことを諦めて孤児院にあずけたらしいよ。残念なことに結末は、結局その孤児院で9歳という若さでお亡くなりになりましたけどね。

この事実を知らずにその少女の母親は、娘は、渡米していると思っていたらしいよ。

みんな知ってるかな?この有名な歌には、5番目の歌詞もあったんだよ。

歌詞

1.赤い靴(くつ) はいてた 女の子異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった2.横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って異人さんに つれられて 行っちゃった3.今では 青い目に なっちゃって異人さんの お国に いるんだろう4.赤い靴 見るたび 考える異人さんに 逢(あ)うたび 考える

4番の詩は原稿段階では「赤い靴 見るたび 思い出す」だったものを「考える」と直した跡がある。

また、発表はされなかったものの、1978年(昭和53年)になって発見されたものによると、以下の5番もあった。生まれた 日本が 恋しくば青い海眺めて ゐるんだらう(いるんだろう)異人さんに たのんで 帰って来(こ)

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